NEW CYCLE LIFE 発見、自転車ライフスタイル

自転車の使い方・楽しみ方は無限大。ちょっと変わった、でもとても素敵な自転車ライフスタイルをおくる人たちを紹介します。
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CASE 1. 父と息子のタンデム自転車

複数のサドルとペダルを備え、二人、ときには三人、四人が前後に並んで乗るタンデム自転車。多くの人にとって、存在を知ってはいても、なかなか実物を見る機会は少ないのではないだろうか。
それもそのはず、日本では、東京をはじめほとんどの都道府県で、サイクリングロードなどを除く一般公道でタンデム自転車が走ることは許されていない。

そのタンデム自転車を日常的に楽しんでいるのが、千葉在住の桜井英司さん親子だ。週末を中心に毎回50km前後、ときには100km前後走るという。

そのきっかけを聞いた。
「息子は知的障がいがあります」桜井さんは言う。
「小学校ではクラブ活動で他の健常児と一緒にスポーツをする機会があったのですが、中学ではそれがなくなり、運動不足になりがちでした。そこで、私自身が若い頃から熱中していたこともあり、自転車がよいのではと思って始めさせたのです」
当初は普通の自転車2台で連れ立って走っていたが、問題があった。
「息子には、自転車に関する今の日本の交通ルールは複雑で理解しづらいのです。例えば、交通の状況に応じて車道と歩道を通り分けたり、路上駐車を避けるために第二車線に出たりといった、臨機応変な対応が難しい。かといって、歩道だけ通って歩行者にケガをさせてしまっても大変です」
一緒に走っていても桜井さんが常に気を遣う必要があり、ついイライラしてしまうこともあった。
そんなある日、桜井さんは偶然フェイスブックでタンデム自転車ユーザーの方の写真を目にする。
「これだ!と思い、すぐに連絡をとりました」
その方の紹介でタンデム自転車ユーザーのメーリングリストに登録したところ、あるユーザーが事情があって手放さざるをえなかった折りたたみのタンデム自転車を安価で譲ってもらい、以来荒川や江戸川河川敷のサイクリングロードなどで精力的に親子サイクリングを楽しんでいる。桜井さんが前席でパイロットとしてナビゲーションを担当し、息子さんは桜井さんの背中を見ながらペダルを漕ぐ。時に真剣な顔で、時に笑いながら、息を合わせてペダルを回す二人は、実に楽しそうだ。

「二人で走る一体感はタンデムならではです。また、ひとりが疲れても、もうひとりが頑張ればどこまででも走ることができる。息子も普通の自転車よりタンデムが好きですね」
桜井さんはタンデム自転車の魅力をこう語る一方で、ままならない点もあると言う。

「千葉もタンデム自転車は一般公道を走ることが許されていないため、自宅からサイクリングロードの起点まで、クルマで自転車を運ぶ必要があります」
日本でタンデム自転車が一般公道を走ることができるのは、長野県・新潟県・宮崎県などごく一部の地域のみ。一般公道に自転車の走行空間が確保できていないことが大きな要因だ。
パラリンピック種目に視覚障がい者によるタンデム自転車競技があるが、2020年開催を控える東京では、選手は一般公道で練習することができないのだ(注)。桜井さんは続ける。
「千葉や東京でも一般公道でタンデム自転車に乗ることができたら最高ですね。そのためにも、自転車レーンなどがもっと普及してほしい。また、そうなれば自転車に関わる交通ルールもシンプルになるはずです。歩道と車道を行ったり来たりではなく『自転車はここを走ればよい』というわかりやすいルールの方が、息子に限らず誰にとってもありがたいのではないでしょうか」

  • 桜井 英司 SAKURAI Hideji
  • 会社員
  • 学生時代から自転車に熱中、結婚を機にしばらく遠ざかったいたが、昨秋のツール・ド・東北出場をきっかけに再び自転車三昧の生活に。息子さんだけでなく、今では奥さまも熱心なサイクリストとか。ロードバイクでロングライドとヒルクライムを、そして中学生の息子さんとタンデム自転車を楽しむお父さん。

(注):東京都では三輪のタンデム自転車は一般公道走行可

CASE 2. 自転車女医のサイクルライフ

スポーツ整形外科医の蔵本理枝子さんは、「リエチ先生」の愛称で自転車にまつわる連載を複数のメディアに持ち、ハワイで行われるホノルルセンチュリーライドに何度も出場してきた、生粋のサイクリストである。
「夜の都会を自転車で走り抜けるのが大好きです。夜景もきれいですし、閉店しているお店のウインドウで気になる服を見つけて翌日昼間に買いに行ったり、いろいろな楽しみがありますね」
お子さんが生まれるまでロードバイクで往復34km通勤することが日常だった蔵本さんは、都会ならではの自転車通勤の楽しみをこう語る。

そんな熟練サイクリストの蔵本さんも、事故の経験がある。
「通勤途中に、見切り発車をしてきたタクシーと接触して転倒、幸い命に別状はありませんでしたが、しばらくは運動できませんでした。自転車は廃車になりました」
それ以来、自転車に乗るときの考え方を切り替えた。「自分はクルマから見えているはずだ」ではなく「クルマからは自分が見えていない」という前提で、そのときクルマはどう行動するか、クルマ側の思考と視点を心がけているという。

それでも不幸にもケガをしてしまった場合はどうすればよいか。蔵本さんは医者の顔になってこう答えてくれた。
「応急処置は、RICEと覚えてください」
RICEとは、Rest、Ice、Compression、Elevationの4つの処置の頭文字。Rest=安静。 ケガをしたらまずはすぐに運動を中止すること、無理に続けると回復まで余計に時間がかかってしまう。Ice=アイシング。湿布ではなく氷や保冷剤などで、1回20分程度患部を冷やす。Compression=圧迫。しっかりした弾性包帯やテーピングなどで固定する。 Elevation=上げる。ケガの部位を心臓より高くすることで出血を減らし、痛みを軽減できる。
吐き気や冷や汗を伴っていたり、腫れが急で激しいときは骨折の可能性も。
「その場合は無理せず、なるべく早く病院に行ってください」

医者の観点から見た、自転車のメリットを聞いてみた。
「自転車は、体に無理な負担なく効率的に有酸素運動を行うことができます。ランニングなどと違って、初めてでも1時間くらい平気で走れてしまいますよね。だから女性のダイエット手法としてもおすすめです。私も自転車に乗り始めてから8kg痩せました」 こうした利点はわかっていながらも、自転車通勤に抵抗を感じる女性も多いのではないか。

「スカートで乗ってもいいの?お化粧は?汗は?など、女性ならではの悩みや心理的抵抗もありますよね。私の場合は、化粧はせず運動しやすい細身のパンツで通勤し、職場に着いたら着替えてお化粧していました。化粧ポーチと仕事用の着替えは職場に常備していましたね」

最後に、東京の自転車環境について。
「自転車レーン、あるといいですよね。ただ、インフラ整備だけでなく、ルールとマナーの浸透ももっと進むといいと思います」 特に怖い思いをするのが、自転車の逆走だと言う。
「逆走の取り締まりはもっと厳しくてもよいかもしれません。安全な環境が整えば、自転車を楽しむ女性ももっと増えるのではないでしょうか」

  • 蔵本 理枝子 KURAMOTO Rieko
  • スポーツ整形外科医
  • 自転車のみならず、フルマラソン、トライアスロンを趣味とし、自らが経験した痛みやケガの経験を日々の診療の現場に活かしている。ロードバイクを4台、トライアスロンバイクを1台所有。日本整形外科学会専門医、いとう整形外科副院長。2人のお子さんのママでもある。
CASE 3. カーゴバイクのイクメンパパ

「娘がお腹の中にいるときに、子ども用品の展示会イベントでひと目ぼれして、すぐに買いました。この自転車に娘を載せて走り回ろう、と」
そう言いながら、愛車のカーゴバイク「ZIGO」を誇らしげに見せてくれたのは、都内で子育てファミリー向けの不動産仲介業を営む高浜直樹さん。日本一周やヨーロッパ縦断の経験もある自転車好きであり、2才の愛娘「なんちゃん」のパパでもある。

カーゴバイクとは、大きな荷物を運ぶことができる運搬用自転車の総称である。日本ではなかなか目にする機会がないが、オランダやデンマークでは盛んに利用されている。
貨物スペースが前にあるもの・後ろにあるもの・前後輪の間にあるもの、二輪・三輪、様々な形態があるが、高浜さんのZIGOは、ふたつの前輪の間にチャイルドポッドと呼ばれる子ども用キャリアを備えた、三輪カーゴバイクである。

ひと目ぼれした理由を聞いてみよう。
「なんといっても安全性です。三輪だから常に自立しますし、万が一倒れたりしても子どもはアルミ製のフレームで四方を守られています。普通の子のせママチャリは、二輪で自立しない上に子どもの位置が高いですから、走っているときはもちろんのこと、止まって荷物を乗せ降ろししているときなどちょっとした隙の転倒事故が怖い」
そのZIGOになんちゃんを載せて毎日保育園まで送り迎えするのが、高浜さんの日課だ。帰り道はスーパーの買い物をなんちゃんの隣にどっさり載せて。なるほど、それは便利だ。では走行性能はどうなのだろうか。
「ハンドル操作に少々コツが要りますが、それ以外は至って普通の自転車です。スピードもほぼ変わりません。動物園や公園、どこへでも娘を自転車に載せて出かけます。都内は自転車が一番早いですから」

聞けば聞くほど子育てファミリーにとって魅力的に思えるカーゴバイクだが、不便な点はないのだろうか。
「駐輪スペースを探すのが大変ですね」
ZIGOは幅80cm・全長224cm、カーゴバイクとしては小ぶりな方だが、それでも日本の一般的な駐輪場に収めることは簡単ではない。マンションなどの二段式駐輪ラックは完全にお手上げだ。
「公的な場所や人が集まる場所には、台数は少なくてよいので、こうした特殊な自転車用の駐輪スペースもあるとありがたいですよね」

高浜さんは続ける。
「駐輪スペースもそうですが、やはり自転車レーンがあれば、と思うことも多々あります。車幅があるのでその分スペースをとりますし、カーブも多少大回りに曲がる必要がありますから」
多くのカーゴバイクはその大きさから、法令で定める「普通自転車」に当てはまらない(普通自転車の要件は幅60cm・全長190cm以内)。これが何を意味するかというと、普通自転車に該当しないカーゴバイクは、歩道を通ることができないのだ。 しかし、高浜さんの仕事場の前の白山通りには自転車レーンが敷かれている。他の立地に比べると恵まれた環境に思えるのだがー。
「路上駐車が増えてしまったんです」
取材を中断して外に出て見ると、交差点近くのブルーに塗装された箇所こそクルマの姿はなかったが、塗装が途切れて白い自転車マークが描かれただけのスペースは、確かに何台もの路上駐車に塞がれてしまっていた。
交差点付近だけではなくレーン全体を青く塗装すれば、ドライバーの心理的に路上駐停車を減らす効果があるのだが、交差点付近しか塗装しなかったのは、何か理由があるのだろうか。
ただ、白山通りは都内でも指折りの交通量の幹線通りであり、荷捌きなど駐停車ニーズも強い。海外に見られるような、駐停車帯を備えた分離型の自転車レーンなど、根本的な見直しも必要かもしれない。

「娘の友だちやお母さんたちにもZIGOは大人気です。『なにこの自転車!?見たことない!乗ってみたい!』って」
東京でカーゴバイクがありふれた存在になるということは、東京の自転車環境が今より格段に整備されるということだ。2020年までに、我々はそんな東京をつくることができるだろうか。

  • 高浜 直樹 TAKAHAMA Naoki
  • 不動産会社経営
  • 旅好き・自転車好きのイクメンパパ。子育ての楽しさが高じて「都会で子育てをする家族をサポートしたい」と、子育て家庭に特化した不動産仲介会社「文京子育て不動産」を起業。保育園や地元の子育てサークルなど子育てに関する情報提供を付加価値にしたいと語る。